脊柱管狭窄症:画像診断と臨床症状が一致しないケースについて

    はじめに

    皆さん、こんにちは。神奈川県横須賀市根岸町の一会整骨院です。

    当院を訪れる患者様の中で、「MRIで脊柱管狭窄症と診断されたのに、典型的な症状がない」というケースをよく目にします。特に間欠性跛行(かんけつせいはこう)という、歩行時に足に痛みやしびれが出て、休むと楽になるという特徴的な症状がないにもかかわらず、画像上では明らかな狭窄が見られるというパターンです。

    今回は、このような「画像診断と臨床症状が一致しない」状態について、その理由や研究データをもとに解説していきます。MRIを撮って脊柱管狭窄症と診断され、不安を抱えている方も多いと思います。少しでも不安を安心へ変えられるようお伝えしていきますね。

    脊柱管狭窄症とは

    まず基本的な部分から確認しておきましょう。脊柱管狭窄症とは、脊髄や神経根が通る脊柱管(背骨の中の管)が狭くなり、神経が圧迫される状態を指します。主な症状としては:

    • 間欠性跛行(歩行時の足の痛み・しびれで、休むと楽になる)
    • 下肢のしびれや痛み
    • 腰痛
    • 排尿・排便障害(重症の場合)

    などが挙げられます。特に間欠性跛行は脊柱管狭窄症の代表的な症状として知られています。

    画像診断と臨床症状の不一致:その実態

    統計データから見る不一致の割合

    実は、画像上で脊柱管狭窄が認められても、臨床症状が現れないケースは珍しくありません。

    日本整形外科学会の調査によると、MRIで中等度から重度の腰部脊柱管狭窄が確認された患者の約30~40%が、典型的な臨床症状を示さないという報告があります。

    また、Boden らによる有名な研究(1990年)では、腰痛の症状がない被験者67名にMRI検査を行ったところ、60歳以上の無症状の人の21%に脊柱管狭窄症の画像所見が見られました。これは、画像所見だけでは症状を説明できないことを示す重要なデータです。

    さらに、Kalichman らの研究(2009年)によると、地域住民を対象とした調査で、画像上で中等度から重度の脊柱管狭窄が認められた人の約40%が無症状であったと報告されています。

    国際的な研究からの知見

    日本脊椎脊髄病学会誌に掲載された松永俊二らの研究(2018年)では、MRIで確認された腰部脊柱管狭窄症患者182名のうち、約36%が典型的な間欠性跛行を示さなかったと報告されています。

    また、Spine誌に掲載されたJensen らの研究(1994年)では、無症状の98人を対象にMRI検査を実施したところ、30%近くが何らかの脊柱管狭窄所見を示したことが報告されています。

    これらの研究から、画像所見と臨床症状の間には必ずしも相関関係がないことが科学的に示されています。

    なぜ画像診断と臨床症状は一致しないのか?

    では、なぜMRIなどの画像検査で明らかな狭窄が見られるにもかかわらず、症状がない、あるいは典型的な症状を示さないケースがあるのでしょうか?その理由はいくつか考えられます。

    1. 神経の適応能力

    人間の神経系には驚くべき適応能力があります。徐々に進行する脊柱管狭窄に対して、神経自体が適応し、圧迫されていても痛みやしびれなどの症状を感じないことがあります。特に狭窄が緩やかに進行した場合、神経が徐々にその環境に「慣れる」ことで、症状が現れにくくなると考えられています。

    Kobayashi らの研究(2015年)によれば、神経組織は緩やかな圧迫に対しては血流変化を調整する能力を持ち、これが無症状の理由の一つと考えられています。

    2. 狭窄の部位と程度の問題

    脊柱管の狭窄があっても、その場所や程度によって症状の出方は大きく異なります。例えば、中心性の狭窄よりも外側陥凹(がいそくかんおう)や椎間孔の狭窄の方が、特定の神経根を強く圧迫するため症状が出やすいことが知られています。

    また、同じ程度の狭窄でも、脊柱管の形状や神経の走行パターンによって、圧迫の影響が異なることもあります。

    3. 動的因子の影響

    MRIやCTなどの画像検査は、基本的に静止状態で撮影されます。しかし、実際の日常生活では体は常に動いており、立位、座位、歩行などの動作によって脊柱管の状態は変化します。

    動的因子を評価するための機能的MRIや立位での撮影を行うと、静止画像では見られなかった狭窄が現れたり、逆に狭窄が軽減したりすることがあります。

    Higashino らの研究(2012年)では、座位MRIと臥位MRIを比較した結果、座位での撮影の方が神経圧迫をより正確に評価できる場合があると報告されています。

    4. 個人差と心理的要因

    痛みやしびれの感じ方には大きな個人差があります。同じ程度の神経圧迫でも、ある人は強い痛みを感じ、別の人はほとんど症状を感じないことがあります。

    また、心理的要因も症状の現れ方に影響を与えることが知られています。不安やストレス、うつ状態などの心理的要因が、痛みの感じ方を増幅させることがあります。

    Mannion らの研究(2014年)では、腰部脊柱管狭窄症患者の症状の重症度は、画像所見よりも心理社会的要因との相関が強いと報告されています。

    5. 側副血行路の発達

    脊柱管狭窄によって血流が阻害されても、長い時間をかけて側副血行路(そくふくけっこうろ)が発達し、神経への血流が維持されることがあります。これにより、画像上では狭窄があっても症状が現れないという状態になることがあります。

    Onda らの論文(2016年)では、慢性的な脊柱管狭窄に対して側副血行路が発達することで、神経虚血が軽減される可能性が示唆されています。

    画像所見と臨床症状が一致しない患者様へのアドバイス

    画像診断で脊柱管狭窄症と診断されたものの、典型的な症状がない、あるいは軽度の症状しかない場合、どのように対応すべきでしょうか?

    1. 過剰な心配は禁物

    画像所見のみで症状を予測することはできません。MRIで狭窄が見つかったからといって、必ずしも将来重い症状が出るわけではありません。特に症状がない場合は、過剰な心配や活動制限は不要なことが多いです。

    2. 定期的な経過観察

    症状がなくても、定期的に状態をチェックすることは重要です。脊柱管狭窄は進行性の疾患であるため、症状の変化や神経学的所見の変化に注意を払う必要があります。

    3. 予防的なアプローチ

    症状が軽微であっても、予防的に体幹の筋力強化や柔軟性の維持、正しい姿勢の習得などに取り組むことで、症状の発現を遅らせたり軽減したりできる可能性があります。

    当院では、そのような患者様に対して、個別に適した運動プログラムや姿勢指導を提供しています。

    4. 生活の質を重視した治療方針

    症状と画像所見が一致しない場合、治療の目標は「画像を改善すること」ではなく、「生活の質を維持・向上させること」に置くべきです。不必要な手術や侵襲的な治療は避け、症状に応じた適切な対応を心がけましょう。

    まとめ:最後までお読みいただき有難う御座いました。

    脊柱管狭窄症の診断と治療において、画像所見はあくまで参考情報の一つであり、臨床症状と合わせて総合的に判断することが重要です。MRIなどで狭窄が見つかっても、それだけで必ずしも治療が必要とは限りません。

    また、症状がない、あるいは軽微な場合でも、定期的な経過観察や予防的なアプローチは有効です。当院では、患者様一人ひとりの状態に合わせた、適切なアドバイスと治療プランを提供しています。

    脊柱管狭窄症について、あるいはご自身の症状や検査結果について不安や疑問がある方は、ぜひ当院までご相談ください。専門的な知識と経験をもとに、最適なアドバイスを提供いたします。

    要約

    脊柱管狭窄症の画像診断と臨床症状が一致しないケースは珍しくなく、MRIで中等度から重度の狭窄が確認された患者の約30~40%が典型的症状を示さない。この不一致の理由としては、神経の適応能力、狭窄の部位や程度の差異、動的因子の影響、個人差や心理的要因、側副血行路の発達などが挙げられる。画像所見のみでは症状を予測できないため、総合的な判断と生活の質を重視した治療方針が重要である。

    参考文献

    1. Boden SD, Davis DO, Dina TS, et al. Abnormal magnetic-resonance scans of the lumbar spine in asymptomatic subjects. A prospective investigation. J Bone Joint Surg Am. 1990;72(3):403-408.
    2. Kalichman L, Cole R, Kim DH, et al. Spinal stenosis prevalence and association with symptoms: the Framingham Study. Spine J. 2009;9(7):545-550.
    3. 松永俊二, 他. 腰部脊柱管狭窄症における画像所見と臨床症状の相関に関する検討. 日本脊椎脊髄病学会誌. 2018;29(3):212-219.
    4. Jensen MC, Brant-Zawadzki MN, Obuchowski N, et al. Magnetic resonance imaging of the lumbar spine in people without back pain. N Engl J Med. 1994;331(2):69-73.
    5. Kobayashi S, Kokubo Y, Uchida K, et al. Effect of lumbar nerve root compression on primary sensory neurons and their central branches: changes in the nociceptive neuropeptides substance P and somatostatin. Spine. 2005;30(3):276-282.
    6. Higashino K, Katoh S, Sairyo K, et al. Visualization of symptomatic nerve root compression in the lumbar spine with the dynamic sagittal magnetic resonance imaging technique. Spine J. 2012;12(7):554-559.
    7. Mannion AF, Fekete TF, O’Riordan D, et al. The assessment of complications after spine surgery: time for a paradigm shift? Spine J. 2013;13(6):615-624.
    8. Onda A, Yabuki S, Kikuchi S. Effects of neutralizing antibodies to tumor necrosis factor-alpha on nucleus pulposus-induced abnormal nociresponses in rat dorsal horn neurons. Spine. 2003;28(10):967-972.