
はじめに
手首の痛みを訴えて来院される患者様の中でも、特に注意深い診察が必要なのが「舟状骨骨折」です。舟状骨は手根骨の中でも最も骨折しやすい骨でありながら、初期のレントゲン検査では見逃されることが多い骨折として知られています。当院では、このような見逃されやすい外傷についても適切な診断と治療を心がけております。
舟状骨骨折の発生機序
舟状骨の解剖学的特徴
舟状骨(scaphoid bone)は、手根骨8個のうち橈骨側手根列に位置する最も大きな骨です。舟のような形をしていることからこの名前が付けられました。舟状骨は手関節の安定性において重要な役割を果たしており、橈骨と月状骨、有頭骨との間で複雑な関節を形成しています。
受傷機転
舟状骨骨折は、以下のような状況で発生することが多く見られます:
1. 転倒時の手をついた際の外傷 最も一般的な受傷機転で、転倒時に反射的に手を地面につき、手関節が背屈強制された際に発生します。この際、舟状骨には圧迫力と引張力が同時に加わり、骨折に至ります。
2. スポーツ外傷
- サッカーやラグビーなどのコンタクトスポーツ
- 体操競技での着手動作
- スキーやスノーボードでの転倒
- 自転車やバイクからの転落
3. 交通事故 自動車事故やバイク事故での手部外傷の一部として発生することがあります。
4. 高所からの転落 建設現場での作業中の転落など、高エネルギー外傷として発生する場合もあります。
骨折の分類
舟状骨骨折は解剖学的部位により以下のように分類されます:
- 遠位1/3骨折:最も頻度が高く、血行が良好なため治癒しやすい
- 中央1/3(腰部)骨折:最も多い部位で、血流が乏しいため治癒に時間を要する
- 近位1/3骨折:頻度は低いが、血流が最も乏しく偽関節のリスクが高い
初回のレントゲンで見逃されやすい理由
舟状骨骨折が初回のレントゲン検査で見逃される理由は複数あります:
1. 解剖学的要因
重複する骨構造 舟状骨は他の手根骨と重なって見えるため、特に軽微な骨折線は判別が困難です。標準的な手関節の正面・側面撮影では、舟状骨の全体像を把握することが難しく、骨折線が他の骨陰影に隠れてしまうことがあります。
複雑な三次元構造 舟状骨は湾曲した形状を持ち、単純な二方向撮影では骨折の全貌を捉えきれない場合があります。
2. 撮影技術的要因
適切な撮影法の必要性 舟状骨を明瞭に描出するためには、舟状骨撮影法(手関節を尺屈位にして撮影)が必要ですが、初回の救急外来では標準撮影のみで終わることが多いのが現状です。
3. 受傷直後の画像所見
骨折線の不明瞭さ 受傷直後は骨折部の浮腫や血腫により、明瞭な骨折線が描出されないことがあります。また、不完全骨折や毛髪様骨折では、X線透過性の変化が軽微で見落とされやすくなります。
4. 読影者の経験
緊急性を要する他の外傷に注意が向けられ、手根骨の詳細な読影が不十分になる場合があります。
症状
舟状骨骨折の症状は、一般的な手首の捻挫と類似していることが多く、これも診断を困難にする要因の一つです:
主要症状
1. 疼痛
- 手関節橈側の疼痛
- 母指を動かした際の疼痛増強
- 物を握る際の痛み
- 手関節の背屈・掌屈時の痛み
2. 圧痛
- 解剖学的鼻煙窩(anatomical snuff box)の圧痛:最も特徴的な所見
- 舟状骨結節部の圧痛
- 母指軸圧痛(母指軸方向への圧迫で疼痛が誘発される)
3. 機能障害
- 手関節可動域制限
- 握力低下
- 巧緻動作の困難
慢性期症状
適切な治療が行われない場合、以下のような慢性症状が出現することがあります:
- 持続的な手関節痛
- 偽関節形成による機能障害
- 手根骨の変形性関節症の進行
- 手関節不安定性
鑑別疾患
舟状骨骨折と鑑別が必要な疾患には以下があります:
1. 手関節捻挫
最も頻繁に鑑別が必要な疾患です。受傷機転が類似しており、初期症状も酷似しています。しかし、解剖学的鼻煙窩の圧痛は舟状骨骨折に特徴的な所見です。
2. 橈骨遠位端骨折
同様の受傷機転で発生し、手関節の疼痛・腫脹を呈します。レントゲン検査により鑑別可能ですが、合併することもあります。
3. 他の手根骨骨折
- 月状骨骨折:手関節中央部の疼痛が主体
- 三角骨骨折:手関節尺側の疼痛
- 有鉤骨鉤骨折:手掌尺側の疼痛、ゴルフクラブやバットのグリップ部での圧迫により発生することが多い
4. 手根管症候群
慢性的な手指のしびれや痛みを呈する場合、手根管症候群との鑑別が必要になることがあります。
5. 腱鞘炎
母指側の疼痛では、ドケルバン腱鞘炎との鑑別が重要です。フィンケルシュタインテストにより鑑別可能です。
6. 関節リウマチ
多関節に症状がある場合、関節リウマチの初期症状との鑑別も必要になります。
固定期間について
舟状骨骨折の治療において、適切な固定期間の設定は極めて重要です:
固定期間の決定因子
1. 骨折部位
- 遠位1/3骨折:6-8週間
- 中央1/3骨折:8-12週間
- 近位1/3骨折:12-20週間
2. 骨折の転位の程度
- 転位のない骨折:保存的治療で8-12週間
- 転位のある骨折:手術適応となることが多い
3. 患者の年齢・活動レベル 若年者や活動性の高い患者では、より長期間の固定が必要になることがあります。
固定方法
短母指外転筋固定(SICA: Short arm thumb spica cast)
- 最も一般的な固定方法
- 前腕から母指先端まで固定
- 手関節軽度背屈位、母指対立位で固定
長母指外転筋固定(LICA: Long arm thumb spica cast)
- 肘関節も含めて固定
- 初期の2-4週間に使用することがある
- より確実な固定が可能
リハビリテーションについて
舟状骨骨折のリハビリテーションは、骨癒合を確認してから開始されます:
リハビリテーションの段階
第1段階:可動域訓練(骨癒合確認後1-2週間)
- 手関節の背屈・掌屈運動
- 母指の対立・外転運動
- 指の屈伸運動
- 前腕の回内・回外運動
第2段階:筋力強化(2-4週間)
- 握力強化訓練
- 母指の筋力強化
- 手関節周囲筋の強化
- セラバンドを用いた抵抗運動
第3段階:機能訓練(4-8週間)
- 日常生活動作訓練
- 職業復帰に向けた訓練
- スポーツ動作訓練(該当者)
リハビリテーションの注意点
- 疼痛の範囲内で実施
- 段階的な負荷量の増加
- 定期的な画像評価による骨癒合状況の確認
- 個人差を考慮したプログラムの調整
復帰の目安
- 日常生活:6-8週間
- 軽労働:8-10週間
- 重労働・スポーツ:10-16週間
まとめ
舟状骨骨折は手関節外傷の中でも特に注意深い診断と治療が必要な疾患です。初期のレントゲン検査で見逃されやすいという特徴があるため、臨床症状を重視した診断が重要となります。
当院では、解剖学的鼻煙窩の圧痛などの特徴的な症状を認めた場合、積極的に専門的な画像検査をお勧めし、適切な治療につなげるよう心がけております。早期の適切な治療により、多くの場合良好な機能回復が期待できます。
手首の痛みでお困りの際は、軽微な症状であってもお気軽にご相談ください。患者様一人一人の症状に応じた最適な治療を提供させていただきます。
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