はじめに
連日の猛暑により、冷房の効いた室内で過ごす時間が長くなっている今日この頃。運動不足になりがちで、気がつけば一日中座りっぱなしという方も多いのではないでしょうか。
最近、当院には「立ち上がるときに股関節が痛い」「歩き始めに股関節がこわばる」といった症状でお悩みの患者様が増えています。高齢でなく、比較的若い30代の女性の患者様もみられています。
これらの症状は、単なる股関節の問題だけでなく、全身の筋肉バランスや背骨の状態が深く関わっていることをご存知でしょうか。
今回は、なぜ冷房の効いた部屋での長時間座位が股関節痛を引き起こすのか、その解剖学的メカニズムと効果的な治療アプローチについて詳しく解説いたします。
骨盤から大腿部に付着する主要な筋肉
股関節の動きに関わる筋肉を理解することは、痛みの原因を把握する上で非常に重要です。骨盤から大腿部にかけて付着する主要な筋肉群をご紹介します。
股関節屈筋群

腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)
- 起始:大腰筋は腰椎1-5番、腸骨筋は腸骨窩
- 停止:大腿骨小転子
- 作用:股関節屈曲、体幹の安定化
大腿直筋
- 起始:下前腸骨棘
- 停止:脛骨粗面(膝蓋腱を介して)
- 作用:股関節屈曲、膝関節伸展
縫工筋
- 起始:上前腸骨棘
- 停止:脛骨内側顆
- 作用:股関節屈曲・外旋・外転
股関節伸筋群

大殿筋
- 起始:腸骨、仙骨、尾骨
- 停止:大腿骨殿筋粗面、腸脛靭帯
- 作用:股関節伸展・外旋
ハムストリングス(大腿二頭筋・半腱様筋・半膜様筋)
- 起始:坐骨結節
- 停止:腓骨頭、脛骨内側顆
- 作用:股関節伸展、膝関節屈曲
股関節外転筋群
中殿筋
- 起始:腸骨翼外面
- 停止:大腿骨大転子
- 作用:股関節外転、骨盤安定化
小殿筋
- 起始:腸骨翼外面下部
- 停止:大腿骨大転子
- 作用:股関節外転・内旋
深層外旋筋群

梨状筋
- 起始:仙骨前面
- 停止:大腿骨大転子
- 作用:股関節外旋
内閉鎖筋・外閉鎖筋・上双子筋・下双子筋・大腿方形筋 これらの筋肉群は股関節の安定化と外旋に重要な役割を果たします。
長時間座位が引き起こす筋肉の問題
冷房の効いた室内で長時間座位を続けることで、これらの筋肉群に以下のような変化が生じます。
腸腰筋の短縮
座位姿勢では股関節が屈曲位となるため、腸腰筋が短縮位で固定されます。この状態が続くと筋肉の柔軟性が失われ、立ち上がる際に股関節伸展が制限されて痛みが生じます。腸腰筋は腰椎から大腿骨に付着するため、この筋肉の緊張は腰椎の前弯を増強し、腰痛の原因にもなります。
大殿筋の筋力低下
座位姿勢では大殿筋がほとんど使われないため、筋力低下が進行します。大殿筋は立位での骨盤安定化に重要な役割を果たすため、その機能低下は股関節や腰部の不安定性を招きます。
中殿筋・小殿筋の機能低下
これらの筋肉は歩行時の骨盤安定化に重要ですが、座位姿勢では活動が低下します。機能低下により、立位や歩行時に骨盤が不安定となり、股関節への負荷が増加します。
背骨の硬直と大腿神経への影響
長時間の座位姿勢は、股関節周囲の筋肉だけでなく、背骨(脊椎)にも大きな影響を与えます。特に重要なのが、背骨の可動性低下による神経への影響です。
腰椎の可動性低下
座位姿勢では腰椎が後弯(猫背)となりやすく、椎間関節や周囲の筋肉・靭帯が硬くなります。この状態が慢性化すると、腰椎の伸展可動性が著しく制限され、立ち上がる動作や歩行開始時に痛みが生じます。
大腿神経の機械的ストレス
大腿神経は腰椎2-4番の神経根から構成され、腰椎から骨盤を通って大腿前面へと走行します。背骨の硬直により腰椎の正常なカーブが失われると、神経の走行経路に機械的なストレスが加わります。
特に重要なのは、大腿神経が腸腰筋の間を通過する部位です。腸腰筋の短縮・硬直により神経が圧迫されたり、引っ張られたりすることで、股関節前面の痛みやしびれが生じることがあります。これは「大腿神経絞扼症候群」と呼ばれる病態で、単純な股関節の問題とは区別して考える必要があります。
椎間孔の狭小化
腰椎の可動性が低下し、椎間関節が硬くなると、神経根が通過する椎間孔が狭くなることがあります。これにより神経根に対する機械的圧迫が生じ、股関節周囲への関連痛を引き起こすことがあります。
なぜ背骨へのアプローチが必要なのか
股関節痛の治療において、股関節そのものだけでなく、背骨へのアプローチが重要な理由を詳しく説明します。
運動連鎖の理解
人体は一つの機能的な単位として働いており、ある部位の問題は必然的に他の部位に影響を与えます。股関節と腰椎は解剖学的・機能的に密接な関係があり、「腰椎-骨盤-股関節複合体」として捉える必要があります。
腰椎の可動性が制限されると、代償として股関節がより多くの動きを担わなければなりません。これにより股関節への負荷が増加し、痛みや機能障害を引き起こします。逆に、股関節の可動性が制限されると、腰椎がその代償を行うため、腰痛が生じることもあります。
筋膜連鎖
筋膜は全身を覆う結合組織のネットワークであり、局所的な問題が遠隔部位に影響を与える経路となります。特に、背部から臀部、大腿部にかけての筋膜連鎖は、股関節痛の発症と密接な関係があります。
背骨周囲の筋膜が硬くなると、その緊張は臀部や大腿部の筋膜にも伝達され、股関節の動きを制限します。したがって、局所的な股関節の治療だけでは根本的な改善は期待できません。
神経系の統合
中枢神経系は全身の筋肉活動を統合的にコントロールしています。腰椎周囲の固有受容器(位置や動きを感知するセンサー)の機能が低下すると、股関節周囲の筋肉の協調性も悪くなります。
背骨の可動性を改善し、正常な固有受容感覚を回復させることで、股関節周囲の筋肉バランスも改善されます。
腰方形筋の重要性
背骨へのアプローチの中でも、特に重要なのが腰方形筋です。この筋肉が股関節痛に与える影響について詳しく解説します。
腰方形筋の解剖学
腰方形筋は腰部深層にある四角形の筋肉で、以下の構造を持ちます。
- 起始:腸骨稜、腸腰靭帯
- 停止:第12肋骨、腰椎1-4番横突起
- 作用:体幹側屈、腰椎安定化、呼吸補助
腰方形筋と股関節痛の関係
姿勢維持機能 腰方形筋は立位姿勢での腰椎安定化に重要な役割を果たします。長時間の座位により腰方形筋が弱化すると、立位時の腰椎安定性が低下し、代償として股関節周囲筋が過剰に働くことになります。これが股関節への負荷増加と痛みの原因となります。
呼吸との関係 腰方形筋は呼吸補助筋としても機能します。冷房の効いた環境では交感神経が優位となり、呼吸が浅くなりがちです。この状態では腰方形筋の緊張が高まり、腰椎の可動性が制限されます。
大腰筋との機能的関係 腰方形筋と大腰筋は腰椎を挟んで前後に位置し、腰椎の安定化に協働して働きます。腰方形筋の機能低下により大腰筋に過剰な負荷がかかると、大腰筋の短縮・硬直が進行し、股関節屈曲制限や痛みが生じます。
トリガーポイント 腰方形筋にトリガーポイント(筋肉の硬結部)が形成されると、臀部や大腿部への関連痛を引き起こすことがあります。これは股関節痛と誤解されやすく、適切な診断と治療が重要です。
効果的な治療アプローチ
当院では、これらの解剖学的・生理学的知識に基づいて、以下のような統合的なアプローチを行っています。
背骨の可動性改善
関節モビライゼーションやマニピュレーションにより、腰椎・胸椎の可動性を改善します。特に椎間関節の動きを正常化することで、神経への機械的ストレスを軽減します。
腰方形筋へのアプローチ
筋膜リリース、トリガーポイント療法、ストレッチングにより腰方形筋の機能を正常化します。また、呼吸法の指導により、自律神経バランスの改善も図ります。
股関節周囲筋のバランス調整
腸腰筋のストレッチング、大殿筋の筋力強化、深層外旋筋群の活性化により、股関節周囲の筋バランスを改善します。
全身的な姿勢・動作指導
日常生活での正しい姿勢や動作パターンを指導し、再発予防に努めます。
予防とセルフケア
定期的な姿勢変換
30分に1回は立ち上がり、軽い体操やストレッチを行いましょう。
腸腰筋ストレッチ
片足を後ろに引いて腰を前に押し出すランジ姿勢で、股関節前面を伸ばします。
腰方形筋ストレッチ
椅子に座ったまま、片手を頭上に伸ばして反対側へ体を傾けます。
呼吸法の実践
深呼吸により腰方形筋の緊張を和らげ、自律神経バランスを整えます。
まとめ
冷房の効いた部屋での長時間座位による股関節痛は、単純な股関節の問題ではなく、全身の筋骨格系の変化によって引き起こされる複合的な問題です。特に、背骨の可動性低下と腰方形筋の機能不全が重要な役割を果たしています。
当院では、これらの解剖学的・運動学的メカニズムを踏まえた統合的な治療アプローチにより、根本的な改善を目指しています。股関節の痛みでお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。
院情報・アクセス
院詳細
店舗名 | 一会整骨院 |
---|---|
営業時間 | 午前8:30~12:30 午後15:00~20:00 水曜日、土曜日は午前診療のみ |
定休日 | 日曜、祝日 |
住所 | 〒239-0807 神奈川県横須賀市根岸町5-21-38 奥山ビル1階右号室 |
交通 | バス停「妙真寺」徒歩5分 |
駐車場 | 2台 |
電話番号 | 046-845-9171 |